1. ある日突然訪れた、人生最大の贈り物
クリスチャンになって、いつの間にか40か月という月日が流れました。振り返ってみると、私のようにある日突然クリスチャンになる人は、それほど多くないのかもしれません。コロナ禍によって、それまで進めていたすべての仕事や日常が一時中断を余儀なくされたとき、私は自らの足で教会へと向かいました。
初めて触れる教会の文化や、慣れない共同体の雰囲気に馴染むだけでも半年以上の時間を要しました。しかし今、心から確信を持って言えるのは、「クリスチャンになったこと」こそが、私のこれまでの人生で受け取った最大の贈り物であるということです。長い人生を歩んできて、これほど迷いなく確信を持って断言できる出来事に出会えたのは、生まれて初めてのことでした。
最近、聖書の学びを深める中で、御言葉を通して心に響いた率直な思いを分かち合いたいと感じるようになりました。特に旧約聖書の「創世記」1章から11章をじっくりと読み進めるうちに、あの遥か遠い昔の記録こそが、まさに私たち一人ひとりの「人生の四季」そのものを映し出していることに深く気づかされたのです。
2. 創世記1〜11章に描かれた、私たちの人生の四季
- 創世記 1〜2章:創造と始まり ―― 本来の自分(アイデンティティ)との出会い創世記の幕開けは、世界を創られた神の創造の記録です。私たちの命もまた、偶然の積み重ねで投げ出されたものではなく、綿密な計画と愛ある目的の中で誕生したことを教えてくれます。神様が天地を創造されたという事実が、物理的にも科学的にも心から信じられるようになったこと自体、私にとって大きな祝福であり、感謝の思いでいっぱいです。そして、コロナ禍で日常が完全に止まってしまったあの瞬間は、逆説的にも、自分の人生の目的と本質を改めて見つめ直す貴重な「リセット(Reset)」の機会となりました。
- 創世記 3〜5章:堕落と人間の限界 ―― 失敗と試練を通じて学ぶ謙虚さアダムとエバの物語が示すように、人間は誰しも弱く、過ちを犯し、試練に直面する存在です。エバがアダムを助けるふさわしい伴侶として創られたように、私たちは互いに支え合わなければ生きていけません。人生で直面する数々の困難や自らの弱さは、「自分の力だけですべてをコントロールすることはできない」という人間の限界を痛感させてくれます。しかし、この限界を知る段階を経て初めて、人は自分を正しく導いてくれる霊的な指針の必要性に気づくことができるのです。
- 創世記 6〜9章:ノアの箱舟と浄化 ―― 立ち止まる時間の中に見出す希望突然の大洪水のように、人生には予期せぬ激しい嵐が吹き荒れることがあります。コロナ禍もまた、世界中の私たち全員にとってそのような嵐でした。揺れる箱舟の中で静かに雨が止むのを待つように、立ち止まり、沈黙を守る時間の中で、私たちは忍耐を学びます。そして嵐が去った後、人生を新たにスタートさせるための「浄化の希望」を心に育むことができるのです。
- 創世記 10〜11章:バベルの塔と謙遜 ―― 手放すことの知恵天に届くほどの高い塔を築こうとしたバベルの塔の物語は、人間の虚しい野望と自己中心的な生き方を鋭く映し出しています。明日の命さえ分からない人間が、まるで未来のすべてを知り尽くしているかのように執着し、「自分の力だけで何でも成し遂げられる」と思い上がる慢心――。その傲慢さを手放し、神の導きに対する真の従順と周囲との調和を学んだとき、私たちの心に初めて真の平安が訪れます。
3. おわりに:あなたの人生は今、どの季節にありますか?
創世記1章から11章に記された出来事は、単なる数千年前の神話や昔話にとどまりません。始まりと試練、回復、そして謙遜へと至る、私たちの人生の旅路そのものが鮮明に映し出された「人生の地図」のようです。
日常の思いがけない停滞から始まった私の小さな一歩が、人生最大の贈り物へと結びついたように、皆さんの人生にも予期せぬ転機や恵みの瞬間はありましたでしょうか?
皆さんは今、人生のどの季節を歩んでいらっしゃいますか? よろしければ、コメント欄で皆さんの想いやエピソードを気軽にお聞かせください。


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