こんにちは。いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。
私たちの日常生活の中で、最も身近でよく使われる言葉の一つに「感謝」や「ありがとうございます」という言葉があります。
仕事でお客様にメールを送るときの冒頭の挨拶、日常の会話で何かを受け取ったとき、あるいは親切にしてもらったとき、私たちは自然とこの言葉を口にします。私自身にとっても、「感謝」はずっと昔から使い慣れた親しみのある言葉でした。
しかし、信仰を持ち、クリスチャンとなってからの日々の歩みの中で、私にとっての「感謝」という言葉の響きと深さは、以前とはまったく違うものへと変わっていきました。
1. 言葉の前に宿る思い――「感謝の温度」が変わった瞬間
クリスチャンになる前の感謝が決して嘘だったわけではありません。その時々で心から「ありがたい」と思って伝えていました。
しかし、信仰を持つようになってから、単に反射的に「感謝します」と言うだけでなく、その言葉の前に「神様が導いてくださったから」「今日も生かされているから」という前置きの祈りが自然と心に浮かぶようになったのです。言葉がただ口から出るのではなく、じわじわと心の奥深くに染み込んでいくような感覚を覚えるようになりました。
特にそれを強く感じたのは、順風満帆なときではなく、むしろ自分の状況が非常に苦しく、厳しくなったときでした。
人間関係や環境が思い通りにいかず、相手から目に見える親切や行動が何もないときでも、なぜか心の中で「感謝の温度」がぐっと熱くなる瞬間があったのです。
「順境のときの感謝」は誰にでもできます。しかし、逆境のただ中に置かれたとき、すべてを治めておられる神様に目を向けた瞬間、湧き上がってくる不思議な平安と感謝がありました。それは人の感情を超えた、神様の愛に触れた瞬間でした。
2. 聖書が教える「すべてのことに感謝せよ」
聖書には、感謝に関する御言葉がたくさん記されています。その中でも、私の信仰生活の大きな道標となっている有名な箇所があります。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」
(テサロニケ人への手紙 第一 5章16〜18節)
神様は私たちを創造し、罪から救ってくださいました。日々の生活に必要なすべてのものを備え、いつも私たちの傍らにおられ、悪しきものから守り導いてくださいます。この大きな恵みを知ったとき、「すべての事について感謝しなさい(凡事に感謝せよ)」という御言葉が、単なる道徳的な教えではなく、神様からの深い愛の約束であることに気づかされました。
3. 感謝ノートと、自分自身の「高慢」への気づき
「すべてのことに感謝する」という御言葉を深く味わうために、以前「感謝ノート」を書き始めたことがありました。
最初の頃は、1日に10個の感謝を見つけてノートに書き留めるのにも、ずいぶんと時間がかかっていました。「今日は何があっただろうか」と考え込まなければ出てこなかったのです。
しかし、朝起きてから夜眠るまでの1日をじっくりと振り返ってみると、実は感謝すべきことに満ちあふれていることに気づきました。 朝、無事に目が覚めて息をしていること。 温かい一杯のコーヒーが飲めること。 歩く足があり、考える知恵があり、今日という新しい一日が与えられていること――。
かつての私は、「自分の力や努力でここまでやってきた」「人間が頑張ったから成し遂げられた」とどこかで誇らしく思っていた時期もありました。しかし、それは何と無知で高慢な考えだったのだろうと、深く省みるようになりました。
呼吸をすることも、健康を保つことも、働く機会が与えられていることも、すべては自分の力ではなく、神様が一方的に注いでくださっている恵みによるものだったからです。
今では、感謝ノートを書く際に「書く内容がない」と悩むことは一切ありません。ただ時間が足りないと思うほど、日々の感謝は尽きることがないのです。
4. 環境が変わらなくても、心の幸福感は一変する
感謝を数えるようになってから、私の周りの物理的な環境や状況が劇的に変わったわけではありません。日々の忙しさや直面する課題は、以前と同じように存在しています。
しかし、「心の幸福感」と「平安」は完全に変わりました。
感謝の目を向けるとき、不平や不満、恐れや焦りが消え去り、どんな状況の中にも神様の最善の計画があることを信じて穏やかに過ごせるようになったのです。
結びに:読者の皆さんへ
このブログを読んでくださっている皆さんは、今日、どのような一日を過ごされたでしょうか。
もしかすると、思い通りにいかない状況や、悩みの真っ只中におられる方もいらっしゃるかもしれません。状況そのものに感謝することは難しくても、「今、この瞬間も生かされている命」や「小さな日常の恵み」に目を留めてみませんか。
「すべてのことに感謝する」という聖書の言葉の深さを思い巡らすきっかけとなり、皆さんの心に温かい平安と幸せの光が満ちあふれることを、心より祈っています。
今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
▶ 第15話はこちら:【心の平安】圧迫と不安に苦しんでいた私が聖書の祈りで真の安息を見つけるまで


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